ここに紹介するエッセイは私が十数年前に書いたエッセイです。
水戸黄門一座
向島の尾道水道に面した東端に特別養護老人ホーム「はなの苑」がある。
約束の時間を20分過ぎて「はなの苑」に着いた。受付に問うと奥の大食堂に通される。
広い食堂では水戸黄門一座の公演が始まっている。
食堂は机や椅子が整理され車椅子に座った40~50人程の施設利用者が舞台を囲み、舞台上では司会者が歌の紹介している最中であった。やがて舞台袖から黄門さまに扮した男性が登場した。マイクを片手に軽いトークで会場を笑いに誘いカラオケを歌い始めた。
ここに来たのは古い友人の紹介で彼の姉夫婦が水戸黄門一座の一員で老人ホームを慰問して回っていると聞いた。その話を妻にすると自分の勤務する介護センターで是非開催してほしいと言いだし今日11月30日に妻の代理で訪れたわけである。
黄門さまのカラオケの次に4人の婦人が黒い民族衣装を着てマケドニアのフォーク・ダンスを踊り始めた。
何故マケドニアなのか解らぬが。狭い舞台を精いっぱい踊りまわる。
フォークダンスとカラオケを組み合わせ最後のステージは女性八名が赤い派手な衣装を身に着けてどこかの国のフォーク・ダンスを踊り40分間の公演は終了した。
黄門さまは最後に
「また来るぞ、元気でまた会おう」
と再会を訴える。
公演終了後近くにある公民館に案内され打上げの準備の整った部屋に通された。
机には菓子や軽食等準備がされていた。
友人の姉のA子さんは
「最初の黄門の寸劇を是非見てほしかった」
「踊りはいっぱい失敗しているの解った?」
と聞く。
遅れて来たため目玉の黄門さまの寸劇は見られず残念であるが素晴らしいボランティアを見せてもらった。
老人ホームを対象に活動をするその動機は何なのかと聞くと
「人のためにやっていると言う意識はあまりないの。
いずれは体が動かなくなるから今出来ることをやっているまでよ」
とあっさり答える。
黄門一座は女性8名と2人の男性でメンバーを構成している。黄門さまはA子さんの主人である。グループの平均年齢は70歳近くと見受けられる。
妻の勤務先での公演は3月頃と口約束をしてその場を去った。
帰り途、車中で考える。
黄門一座の公演を見ながら手拍子を取る人、カラオケに合わせて口ずさむ人、全く興味を示さない人さまざまの老人を見た。
その中の一人で車椅子に乗った婦人が私を見つめて
「帰りたい。帰りたい。」
と訴えるように言った。
部屋に帰りたいのか家に帰りたいのかーーーーー
整備された環境での生活が幸福と言えるのか。
健康を取り戻し元気な姿でホームを出るのは想像することも難しい。
話は変わるが今年は多くの高齢者にめぐり会う機会を得た。
メタボ対策のために始めたバウンドテニスでは80歳の女性を頂点に70歳代の男女に交じって毎週火曜と木曜を公民館等で共にプレーをしている。
そして自分は4月から町内会長を担当し2名の副会長は80歳を超えられた方で支障もなく任務をこなされている。
人物デッサン画の先生は94歳になられた。つい一週間前に美術協会展の受付を同席した方は92歳の女性であった。
85歳を超えられたお年寄りは末期高齢者と呼ばれるらしいが、元気な方達の特徴は高度な趣味を持たれ今でも車を運転されるらしい。免許を返上すると行動範囲が狭くなり老化が一挙に進むと90歳を超えられる方は話されていた。(今、高齢者の運転に多くの問題が生じているが)
その上一人暮らしの方が多いのも特記すべきである。
水戸黄門一座の公演を観る老人達と自立した生活をする元気な老人達のいずれが世相を反映した姿なのだろうか。
自分自身のあまり遠くない将来に思いを巡らせる。
そう考える中でA子さんの言う言葉
「今出来ることをやる」
が強く印象に残る。
完