カボチャの放任栽培

すずなりカボチャを家庭菜園で栽培中。

昨年も栽培して2~3個収穫したので今年も場所を移して苗を植えた。

1か月後の姿が上記写真のとおりです。

色々勉強すると親ずるから2本の子ズルを選び云々とあるがどれが子で孫か解らなくなって放任となってしまった。

昨年も同じようなことで自然交配して実がついたので今年もそれで行こうとしている。

まあよく解らないので放任栽培となる。

考えてみるに子供の教育も放任であったのかなと思える。

妻も自分も仕事が忙しくと言い訳がましいが要は子供の育て方がよく解っていなかった。今更こんなことを言うと子供達に申し訳ない気がするが、どこもこのことに関しては皆一緒だったのか?

自分も戦後のどさくさに生まれ育って親からの教育と言えば他人に迷惑をかけるなとか他人のものを盗むなとか極基本の教えで育ってきた気がする。後は学校教育で道徳の科目があってこれで随分教えられたのかも知れないが。

親が子供に教えるのは幼稚園に上がるまででそこから義務教育に依存していたのかも知れない。

さてカボチャの放任栽培も子供の教育も似たようなもので何とか育つものと今振り返ってみて思う。

今朝のネットでみた情報では県美展落選しました。

カープS/Bに3連敗

例年の通りとなる交流戦なのか?

カープの成績は昨年は3勝12敗3引き分け、今年は現在まで1勝5敗と順調に最下位をたどっている。

カープへのツイッターは佐々岡監督・松田オーナー・コーチなどに痛烈な批評がなされている。

プロ野球のチームはソコソコの成績をあげなけれ当然のことである。

ファンあっての球団だから成績不良は監督交代など皆のうっ憤を晴らすことは当たり前である。

今年のセリーグの下位に低迷するチーム阪神・中日は広島と同じようにファンから猛烈な批評をされている。カープに関しては今年でもう3年目である。

内容は監督の器ではないとか無能であるとか。高いグッズを買わされてスタジアムに通うファンの気持ちになってみたらどうなのか?

今年のセリーグ球団でコンスタントに成績を残しているのはヤクルトのみと思われる。

次から次に若手が成長し結果を残している羨ましいかぎりである。

広島カープは地方の貧乏球団で市民球団ともいわれているがファン一般にしてみればもうそれは関係ない。身売りでも何でもして強くて将来性のある球団を望んでいる。

100万都市の唯一の楽しみが広島カープである。

他球団とは少し異なるチーム体質でファンの多くが望むもう少し野球の解ったトップを期待している。NHK解説者の宮本氏や藤川氏の解説を聞いていてよく解る。

これらの人達がコーチなり監督を務めればファンからとやかく言われることはない。

地方球団と言われても仙台・札幌もおなじではなかろうか球団の強さのみがファンを多く獲得できるツールである。

余談ではあるがMLBの大谷選手が10号、11号のホームランを打ったらしい。

 

福山市神辺城に行く

1昨日、福山市神辺町に位置する神辺城(歴史的には村尾城)に登った。

正確には福山市神辺歴史民俗資料館である。

国道313号線を北上し神辺高校の南側の脇道を登る。

山頂近くに城郭のような建物を見ながら登っていくと実はこれが神辺歴史民俗資料館である。この場所が紅葉山と言うらしい。

頂上近くに吉野山公園がありもう少し上ると駐車場があらわれる。

そこで下車すると歴史民俗資料館と反対側に神辺城登り口が見える。

少し迷ったが脚力に自信がないため歴史民俗資料館に決めた。

民俗資料館はコンクリート製で城を思わせる建築物でそこからの神辺平野を見下ろせる唯一の場所だと思えた。

神辺城を歴史的に見れば1335年頃後醍醐天皇から備後の守護に任命された朝山次郎が紅葉山に神辺城を築いたとされているが後の1443年山名氏により築かれたのが始まりで大内氏と尼子氏の戦いからさらには毛利氏の時代へと移り備後の国の要所として幾たびかの合戦が繰り広げられたらしい。

江戸時代になると福島氏に近世城郭として整備されるが福島氏にかわり水野勝成は新たに福山城を築き神辺城をは廃城した。丁度今年が福山城築城400年に当たる。

神辺城に昔大昔に一度訪ねたことがあるが記憶が定かではない。

福山城から西には三原浮き城がありさらには東広島の鏡山城が西からの攻撃に備えていたのだろう。

下山途中で気が付いたのだが道路わきに植えられた草木はアジサイでもう少しすると満開を迎えるだろう。

 

 

 

 

ハゲは前からか後ろからのどちらが多いのか

1週間前全国チェーン店の理容店に行った。

散髪が終わるころ店員が後頭部を手鏡で映して見せてくれる。

前から見る顔は毎日洗顔時に見るからどの程度髪が存在するのか重々承知している。

理容院でみせられる後頭部は1か月に一度なので段々とハゲが進行していて改めて驚く。後期高齢者なのでハゲになろうがなるまいがもう気にしても始まらない。

理屈では解っていてもハゲは寂しい気がする。

前側からハゲルのと後頭部にハゲが生じるのとどちらが良いのだろう。

前側はいつも見ているからそれなりに諦めもつくが後ろ側は突然辻切に出くわせたようなショックが大きいものである。

今はやりの育毛材ニュウーモーも使ってみたが効果はさっぱりであった。

後頭部のハゲが気になり始めたの10年前の65歳頃からだったのだろうか?

自分の髪は黒々としていてその中央に赤白いハゲがあるのは良く目立つ。

友人には自分のようなハゲはいない。

まあ仕方がない。

1年中帽子をかぶっておればそれでいいではないか?

皆帽子をかぶる夏が訪れようとしている。

帽子とマスクで個性が消滅するシーズンである。

 

大相撲解説者 北の富士勝昭氏

大相撲5月場所もいよいよ大詰め。

照ノ富士・隆の勝・佐田の海の3力士に優勝が絞られてきた。

今日14日の取り組みは照ノ富士:正代

           隆の勝 :霧馬山

           佐田の海:大栄翔

 である。

大相撲の初日とか千秋楽とか大事な日は必ず解説者 北の富士勝昭氏が登場し北の富士節を聞かせてくれる。

 同氏は79歳、北海道旭川市出身で身長185cm

 第52代横綱(53代は玉ノ海)で優勝10回で九重部屋を持った時千代の富士北勝海の両力士を横綱に育てあげ二人の優勝回数は39度となり部屋別優勝回数は52度と立派な成績の経歴の持ち主である。

 北の富士は身長も高くお金持ち(だろう)でとにかく万人がうらやましむ程イケメンで恰好の良い人である。

 自分とは3歳か4歳違いであるが相撲協会に対しても見事な実績を持ち、協会理事長八角氏(旧北勝海)も弟子であるから怖いもの知らずである。

 解説の内容も経験からくる知識により豪快で毒舌かつ愛情をもった大胆な講評には人気が衰えない。

 もっと解説の出番を増やしてほしいと思うがラヂオにも登場し後輩にもチャンスを与えなければならないしそうもいかないのだろう。

 心臓手術なども得て現在にいたっていると聞くが健康には十分注意をしてほしい。

 相撲界の宝である。

 彼の今場所の心配は大関3人が負け越す心配があるそうで特に正代に対しては口が酸っぱくなるくらい立ち合いが弱く練習量が不足していると言われる。

 

 

 

スマホ(Aquos)がウイルスに侵された

スマホAquos)がウイルスに侵された。

スマホの状態は昨日突然ホーム画面が赤色に点滅する状態。

最近1~2週間前からやけにセキュリティや電池の消耗やスマホ内ゴミの回収やらでインストールを求めるメッセージが増えたと思っていたらホーム画面に異常現象が起こった。

AU売店に相談すると大量にウイルスが侵入していると言いながら除去をしてくれたおかげで通常の状態に戻った。

必要ならセキュリティーアプリ(200円~1000円)を入れるかどうか考えてくれと話があった。その価格は月額でせっかく安いUQモバイルを使っているのに何のことか解らなくなる。

とにかくおかしな現象や質問は相手にならず無視する。

今まで携帯電話やスマホでウイルスにかかったことはない。

 

 スマホではないがカシオのソーラ電波時計を使用後約3年になる。

時間が5分程度遅れだした。これで3度目

時間を信用しているからそれに気が付いたら大騒ぎ。

取説を読んでもよく解らないのでサービス係に電話して修正方法をきくが3か月ほど経過するとまた5分の遅れが生じる。

それでSEIKO ALBAのソーラ時計を買った。安価である。

これなら時間合わせは簡単に手動で行われるし遅れることもなかろう。との判断からである。

 世の中すべて便利にできて良いが、ある程度手動を取り入れることも良いのではないだろうか?

 

 

プロジェクトX クオーツ時計はこうして生まれた

 中島みゆきが歌い上げるオープニング曲「地上の星で」始まるプロジェクトXの再放送でクオーツ型腕時計はこうして生まれたのドキュメント番組を見た。

何年前の出来事かよく知らないがセイコーエプソンの会社が地上初のクオーツ型腕時計を開発した時の物語であった。

 水晶に荷電すると水晶は振動を起こすこの原理を採用したのがセイコーエプソンのクオーツ型腕時計であった。

何せ、世の中で初めての試みであったのでその苦労は人並みではなかった。

 クオーツとは水晶の事を言うのをはじめて知った。

ただ最初はそれを腕時計に内装するには大きすぎ音叉構造の理屈に行く着くまではかなり時間を要したらしい。

 その後クオーツ型部品をコンパクトに収める技術者も現れ何とかそのステップまで行きついたが対振動・ショック性を確かめるため関係社員でバレーボールのスパイクを供試腕時計を腕に取付けて何日もかけて実証試験を行ったらしい。
 いまではそれの専用試験器にかければ即結果がわかるはずであるが当時は上記の方法しかなかったのである。

 そうして世の中に売り出してあっと言う間に世の中の人気を博した。

 そのすぐ後にスイスやヨーロッパの腕時計メーカーが追随したらしい。

 同じ技術屋として社をあげて開発テーマにのぞみ結果それが世の流行にも流されることなく人々に使われている事をうらやましく思える。

自分が会社時代には開発業務に携わっていたが初号機即製品で且つ利益も求められる日常であった。しかもトップは製品の何たるやも知らずノークレームで十分な利益をださせるため社員のケツをただくだけが仕事であった様な気がする。

 地上の星の歌詞のはじめ

  風のなかのすばる、砂の中の銀河

  みんなどこへ行った見送られることもなく・・・・・・・・

 今では昔そういう企業には明日はない筈。
 プーチンのロシアと大して変わらぬ企業体質は終わりが近い。